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お前に人権なんかねぇ!!

強い者に従属せずにしたフリをする者と、強い者に従属しないフリで依存する者


私はこの場面の両者(刑事と犯人)をこぅ捉えました。
「せずにしたフリをする事」の辛さを知らない人間は、必ずその人のフリをせせら笑います。

私は、この武田鉄矢さんの"法のセリフ"ではない"己のセリフ"の続きをこう続けたい。

「人権があるんだと、叫ぶだけのお前の様な溺者を人は救う術を持っていない。なぜならお前らはその権利を必死につかみ取ろうとしなかったからだ。お前らは単に成文化された人権という語句を見ただけで、自分にもあると思っているだけだ。そんなお前さんの目で見ただけの権利なんて、俺がどうやって触り捕まえてやる事ができるんだ。お前の尊厳という物証がなくて、人はどうやってお前を救う。せいぜい監獄という場で時を費やさせるしか手だてが無い。真に救うことなど出来ないし、賭でしかない。考えろ、蹴られて泣け、自分や愛する者の流した血を見て他人の痛みを知れ。そうやってお前の見た語句は紙に記されただけなんだ。それは今の今でも何も変わっちゃいない」

リミット-刑事の現場2-
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祷ってゐた



誰かをただただ想い
捧げること全てが無駄なら
ひとつでも無駄なら
地球には唯の1曲も生まれず、聞こえてはこなかった
昨日も明日も。

Remain

切腹に於いて罪人の"首の皮を一枚残す"のは、介錯人の儀礼であり通例であった。
それは儒教の五倫五常に拠るところであるが、もしくは父母と子の間にあるという考え思想が、霊魂はもとより死体にまで及ぶという凡例でもある。


原子力発電に対する今昔の政府・当事者の意識や対応を見れば、私の原発に対する思いはもちろん否定的である。それは今や国民の総意だと言ってもよいかもしれない。しかしだからと言って原発を「反対」とは今でも叫べない。放出された放射線が「危険」だからどぅと今でも叫びたくない。それは原子力発電によってその恩恵を享受してきたという身の恥を思う理由ではない。そんな己の理由ではない。

"今も懸命に命がかけられている"

それが残っているのである。
あえて言葉の意味を使い誤るなら、私の原発に対する思いは"首の皮一枚"である。そうでなければ、私はあの首の皮を切り落とす事に躊躇いは無かっただろう。


であるからこの記事は、敢えても私が書くことすら誤っているのだが_

マケズ

先日18日、NHKが釜石沖の漁場調査のようすを映していた。
1ヶ月前まで多数の漂流物で覆われていた沖合1㎞の地点で行われた"はえなわ"による調査漁_しかし、その収量は150匹と例年と大差ない良好なものであった。心配された海底の瓦礫も殆ど見られなかった。撮影された映像に、首だけ差し出し集まる漁師の男達の顔といったらなかったし、その目は間違いなく自分や家族のアシタを見つけていた。私の義父は左官工、兼漁師であるが、あの屈託のない笑顔で酒を注がれるとどんな時も、何度でも逆らえないのであるが_ソウイウモノニ ワタシもナリタイ

敬天愛人

橋下府知事の「式典での国旗掲揚の問題」に対しての声を数日追った_
今朝も少し違うところを追ったが(苦笑

それは権利と義務の抗争であったように思うが、やはりタダ乗り出来る権利を主張する者は何故か必ず義務を嫌い、亡きモノとする。そして国家への従属を危険だとしながら、国法に寝そべる。

"不起立の教員"
らは何かに気付かないのではなく、態と起立していないのだから、そんな反逆者に対して儀礼を成文法で単に義務化したところで意味はないし、例え立派に叫んでも法の穴から出てきやしないのである。
橋下府知事の言うように罰則を規定しないと彼らの排斥は永久に出来っこない。しかし、問題はイカレている事に勿論気が付かない彼らでは無い。彼らに教育される生徒がいると言うことが大問題なのであって、君らがかぶるグローバルなズラ(育毛剤含む)でも有り得ない事態となってしまった。

_と、書いてみたがこれでは唯の保守丸出しである。
いつものように理論も何も無い。
でもよく考えて欲しい。法は何を拠り所に作られたのかを

君たちが忌み嫌う
人の深部にある精神や、社会的な習俗などからではないのか。法が法から生まれた訳でもあるまい。

だからこそ人は人の教育は誤ってはならない。
法治国家とは先ずソコだろう_


勁草

震災から二ヶ月。既に、いや随分前から私の国のマスメディアは、原発と東電につらなる諸々の問題をどぅ売るか?で忙しいようです。まさしく商業ジャーナリズム_書きやすい種がそこに有るのでしょうが、論壇の罠がやはり仕組まれています。ですが確かにそれらも大きな問題ですから、今は一刻も早くその種が割れることを願うばかりです。
しかし、忘れてほしくないのは彼らがいまも書き出すその部屋は、雨が降っても寒くありません。風が吹いても寒くありません。日が陰ろうが寒くはないのです。書くことに最適な情報と環境で得られた事は_結果として何なのでしょうか?種を育てる気など更々ない筈です。


命のつかいみち」 blog"石巻こども避難所クラブ"より


管理人の方の行動の是非など、どうとでも捉えられます。勿論、それは貴方次第です。
私はタイトル通り捉えました。

日の常


震災より二ヶ月
日常に微笑んでいても、いまだに現実と向き合えない人が大勢います。
日常に強い言葉はあっても、心の底から向き合えない人が大勢います。
でも私は彼らの現実と正面で向き合うことが出来ます。
なぜなら非日常だと思う事が出来るからです。

だからこそ私達にしか出来ない事が山程あります。

義を貫くとは

「義は己を潔くする道にして、法は天下の規矩なり。礼を以て心を制し、義を以て事を制す。今四十六士(赤穂浪士)、其の主の為に仇を報ずるは、これ侍たる者の恥を知るなり。己を潔くする道にして其の事は義なりと云えども、其のに限る事なれば畢竟は私の論なり。其のゆえんのものは、もとこれ長矩(たくみのかみ)。殿中をはばからず其の罪に処せられしを、またぞろ吉良氏(こうずけのすけ)を以て仇と為し、公儀の免許もなきに騒動を企てる事、法に於いて許さざる所なり。今四十六士の罪を決せしめ、侍の礼(つまり侍の心)を以て切腹に処せらるるものならば、上杉家(上杉綱憲)の願も空しからずして、彼等が忠義を軽せざるの道理、最も公論と云ふべし。若し私論を以て公論を害せば、此れ以後天下の法は立つべからず」  徂徠


つまり義の糸のもとは国家の針の穴に通すものと説いている。
さて_日本を如何にする。民主党


荻生徂徠( おぎゅう そらい):江戸中期の儒学者、思想家、文献学者であり、また徳川五代将軍、綱吉の側近として幕政を主導した柳沢吉保、そして八代将軍、吉宗らの政治顧問として活躍。また後に「徂徠豆腐」と云う講談あり。

無悪善

詠めなくなると
人それぞれ、我は我なり、と得たような言葉をなげかけるが
この世は何事も善と悪に別れてゆく。

人の善き手本をおき去り
人それぞれ、我は我なり、と道に達は
さてさて何処にゆきつくのやら

人の善きに、それぞれで生まれし人が進むが世の得た一道であって
それぞれの定まらぬ道の先に善が待つものではない。
それぞれの先には善か悪か_なのだ。

詠めるか詠めぬか_私は詠んでみる。

時に触れる

阪神淡路大震災に私は直接関わっていない。
しかしいま思うのは、復興のふた文字で忘れられようとしている生き残った者の失われた年月のこと。
それは彼らにとって生涯、堪え忍ばなければならない年月、もはや誰もが触れることさえ叶わない喪失となった事を私達は肝に銘じなければならない。
時は流れゆくが、今はまだ触れる事が出来る_Touch

灯り

今は胸いっぱいすいこんで
大きくなる前に少しだけ息を止めて
後は力一杯、吐き続ける人になって下さい。
それが



それは人が描ける唯一の永遠です。

永結無情遊

皆さん善く闘いました。
素敵です。
魂々(こんこん)と己らしく闘い抜いた姿が想像できます。
何だか_


ミスターYさん、健闘をありがとう御座います。
ミスターTさん、準優勝おめでとう御座います。
ミスターSさん、デビュー戦をありがとう御座います。
ミスターAさん、激闘をありがとう御座います。

MIDORIさん、ナマでありがとう御座います。
シンゴル師、お疲れさまでした。

非思量

もはや云うまでも無いことなのでしょうが、遠くの者として一言。

Georges St-Pierreは練習した事を実践します。練習した技を出し、鍛えた肉体を従わせます。闘いの最中に、技や肉体が相手より優か劣か_そんな思量を彼は露も思わない筈です。ただただ彼が念じているのは呼吸です。でなければあれほどまでに自分らしい闘いに終始できない筈です。肉体が乱され、技が乱されている筈です。

呼吸を整える方法は様々でしょうが、例えば寝ていても思量することで呼吸は乱され息苦しさで目を覚ましますが、起きていても自他への感情や事の是非を思量し、呼吸は乱されています。こう話せば煩悩をすてろなどと難しい境地のような話だと思いがちですが、逆説的に呼吸を整える事で二次元的な思量は取り除かれるのです。

身なりは整いましたでしょうか_
後は真っ直ぐ座り、ただただ息を整えて下さい。

明日の試合結果を思量するしか出来ないBuhenshaは、もちろん緊張しています。
だからこそ私達の師の教えを実践しようとする皆様を誇りに思います。羨ましく思います。


七人の侍
Personal

管理者: buhensha / 武辺舎
マイブレス会員
e-mail:buhensha@gmail.com

本舎 "もののふの営舎" http://buhensha.blog66.fc2.com/ の更新は、暫く休止します。
"もののふの剱"を天と地に翳し、被災した仲間らと歩みとう存じまする。

buhensha / 武辺舎

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