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Remain

切腹に於いて罪人の"首の皮を一枚残す"のは、介錯人の儀礼であり通例であった。
それは儒教の五倫五常に拠るところであるが、もしくは父母と子の間にあるという考え思想が、霊魂はもとより死体にまで及ぶという凡例でもある。


原子力発電に対する今昔の政府・当事者の意識や対応を見れば、私の原発に対する思いはもちろん否定的である。それは今や国民の総意だと言ってもよいかもしれない。しかしだからと言って原発を「反対」とは今でも叫べない。放出された放射線が「危険」だからどぅと今でも叫びたくない。それは原子力発電によってその恩恵を享受してきたという身の恥を思う理由ではない。そんな己の理由ではない。

"今も懸命に命がかけられている"

それが残っているのである。
あえて言葉の意味を使い誤るなら、私の原発に対する思いは"首の皮一枚"である。そうでなければ、私はあの首の皮を切り落とす事に躊躇いは無かっただろう。


であるからこの記事は、敢えても私が書くことすら誤っているのだが_

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七人の侍
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